最近介護の世界でユマニチュードという言葉をたまに聞きます。
と、いうことで何か調べてみたところ、看護や介護の現場などで劇的な効果をあげている、フランスで生まれた認知症ケアの技法の事だそうです。
ユマニチュードを取り入れることによって、
・有る介護施設ではベッドで行う清拭が60%からから0%になったり、
・ベテランで有能な看護師が対処しても手に負えない、いわゆる「困った患者」が、まったく別人のように穏やかにケアを受け、笑顔で「ありがとう」とお礼まで言うようになったり、
・認知症患者の攻撃的で破壊的な行動を83%減らせたとの報告もあったり
と、魔法のように効果を発揮しているそうです。
先日はNHKの番組「クローズアップ現代」でもとりあげられ、ユマニチュードの創始者のひとり、イヴ・ジネストらのケアによって、歩行が困難とされていた患者が短期間で立てるようになる様子が紹介され、大きな反響を呼んだそうです。
そんな、「ユマニチュード」具体的にはどんなものなのでしょうか?
ユマニチュードの基本の柱は「見る」「話す」「触れる」「立つ」という、ごくありふれた、誰でも日常に行っている動作の援助だそうです。
具体的には次のような技術。
「見る技術」
同じ目の高さから、顔を近づけて(0.4秒以上)見つめる。ただ見るのではなく、こちらから視線をつかみにいく。
ベッドで壁の方に横向きになったままの患者さんなら、ベッドを動かし、壁との間に入ってでも、視線を合わせにいく。
そして、視線があったら2秒以内に話かける。(これにより、こちらが攻撃的でない事を伝えるそうです)
「話す技術」
反応のない患者さんに言葉をかけ続けるための、「オートフィードバック」という方法を使います。
「これから腕を洗いますね」と予告し、そして腕を上げながら「腕を上げます。左腕です。とてもよく伸びていますね」と実況中継することで、相手に反応がなくてもコミュニケーションを持続させるエネルギーを作り出すのだそうです。
「触れる技術」
触れる時は飛行機が着陸するイメージで、離す時は飛行機が離陸するイメージで行うそうです。
「立たせる技術」
「40秒間立つことができたら寝たきりは防げる」と、立つことの重要性を説いたうえで、まず握手することから始めるそうです。
以上のようなものを基本に全部で150をこえるこういった実践技術に基づいて成り立っていて、誰にでも実行で切るもので構成されています。

これって、よく調べてみると、「人はなぜ生きているのか」というところに繋がる話なのかな~~、と感じてしまいました。
私たちは誰もがお互いに「人に自分が求められたい」「人に自分が認められたい」「私というものを知ってほしい」、少なくともそのような関係を造りたい、という気持ちが心の奥底に流れているのかもしれません。
そして、そのような根本的な要求を満たそうとするとき、人は自然とユマニチュードで示されるようなしぐさをするのではないでしょうか?
相手への思いやりを持つと、自然とその人の事を見つめるでしょう、そして話しかけるでしょう、相手を思いやる気持ちは、相手に何かをわかってもらいたいきもちにつながり、手を取り合い、触れ合うのではないでしょうか?
今の日本社会は、近くに人はたくさんいるのに、心を通わせることができない「孤独社会」と言われる事が少なくありません。
集団からだんだんと個人主義の世の中に移り変わる中で、隣に住んでいる人の顔もよく知らないというようなことが日常茶飯事にあります。
職場に行っても、昔の様に上司と部下、会社は運命共同体、というような概念は薄れ「仕事は仕事、プライベートとは別」」と割り切った関係が増えていると聞き及んでいます。
そんな関係性が、これまでになかった病を発生させているとしたら・・・
ユマニチュードの技法というのは、私たちがだんだん失いつつある「人との絆」を取り戻す技法なのかもしれません。
そして、それは、人は結局は「人と人の間でしか生きることができない、社会的な動物である」という事を物語っているのかもしれないな~~、などと、秋雲につられて、まじめな事を考えてしまうのでした。